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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)211号 判決 1993年2月25日

原告

藤田敏夫

千代崎一夫

新井啓一

佐藤昭夫

北田芳治

五十嵐敬喜

内田勝一

右原告ら訴訟代理人弁護士

上田誠古

前川雄司

日置雅晴

黒沢計男

右原告ら訴訟復代理人弁護士

松田生朗

坂勇一郎

被告

東京都港湾局長藤中健治

右訴訟代理人弁護士

伊東健次

橋本勇

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判<省略><第一及び第二略>

第二事案の概要<省略>

第三争点に対する判断

一本案前の争点(本件監査請求の適否)について

1  原告らが監査請求(一)を行うに至った経緯については、該当箇所に適宜掲記する書証によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告らは、平成三年四月二日、本件契約が違法であるとしてその締結の差止めを求める監査請求(二)を行った。ところが、東京都監査委員は、同月三〇日、平成三年第一回東京都議会において臨海開発関係経費の予算の執行を凍結する旨の平成三年度一般会計当初予算に関する付帯決議がなされたため、本件契約が締結されるか否かがその時点では不確定であって、契約の締結がなされることが相当の確実さをもって予測される場合には当たらないとし、右監査請求を不適法として却下するに至った(<書証番号略>)。

(二) その後、平成三年七月一一日、東京都議会において、前記付帯決議による前記経費の予算の執行の凍結が解除されるとともに臨海副都心開発事業会計補正予算が可決され、被告は、本件契約の締結に向けて最終的な調整を行い始めた(この事実は当事者間に争いがない。)。

(三) そこで、原告らは、改めて平成三年七月三一日、監査請求(二)と同一趣旨の監査請求(一)を再度行ったところ、東京都監査委員は、その実体的内容に入った監査を行った結果、同年九月二〇日、本件契約の方法及び契約価格は法令に違反するものではないとして右請求を棄却した(<書証番号略>)。

2 そもそも同一住民が同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることが許されないとされる趣旨は、監査委員は、監査請求を受けた行為等の適否等を監査するに当たり、請求人の主張する事由以外の違法事由等の監査をもなし得るものであるから、同一の行為等に対し新たな違法事由等を主張して再度の監査請求を行うことを認める必要性が認められないこと、また、同一の行為等に対し再度の監査請求を認めることとすると、同一の行為等に対して結果としていつまでも住民訴訟を提起することが可能となり、監査の結果等に不服があるときには一定の期間内に限って訴えの提起を認めることとしている法の規定の趣旨に反することになるという点にあるものと考えられる。

再度の住民監査請求を禁ずる趣旨が右のようなものであることからすると、先の監査請求が、その時点では監査請求の対象となる行為等がなされることが相当の確実さをもって予測されない等の事情があるため、監査委員による実体的な監査がされることなく不適法として却下されたような場合には、その後の事態の成熟をまって再度監査請求を行う必要と利益が認められるものというべきであるし、また、このような場合に再度の監査請求を認めることとしても、前記のような再度の監査請求を禁ずる法の趣旨に抵触する点はないものと考えられる。したがって、右のような事由が認められる場合に限っては、再度の監査請求を行うことが例外的に許されるものと解するのが相当である。

ところで、前記認定事実によれば、本件にあっては、監査請求(二)に対し、東京都監査委員は、関係経費の予算の執行が凍結されているため本件契約が締結されることとなるか否かが未だ不確実であるとして、監査請求の対象となる行為については実体的な監査をすることなく、右請求を不適法な請求として却下したところ、その後関係経費の予算の執行の凍結が解除され、右請求を適法とする状況が発生するに至ったことを踏まえて、監査請求(一)が行われるに至ったものであることが認められる。そうすると、右に説示したところからして、右監査請求(一)は適法なものというべきことになる。

二本案の争点について

1  本件契約締結方法の適否について

(一) 原告らは、まず、地方公共団体の締結する契約については、その公正さを保障するため一般競争入札の方法が原則とされているところ、例外的に随意契約の方法によることができる場合を定めた施行令一六七条の二第一項二号に規定する契約類型に該当しないから、随意契約の方法によってなされた本件契約の締結は違法であると主張する。

(1) 地方公共団体の締結する契約について例外的に随意契約の方法によることができることを定めた法二四二条二項を受けて、施行令一六七条の二第一項二号が随意契約の方法によることができる場合として「不動産の買入れ又は借入れ、普通地方公共団体が必要とする物品の製造、修理、加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。」と規定していることからして、法が地方公共団体が契約をする場合には一般競争入札の方法によるべきことを原則としているものと解されることは原告らの主張するとおりである。しかし、右施行令の規定にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」とは、その文言等からしても、原告の主張するように契約の性質又は目的に照らして一般競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難である場合のみをいうものとまで限定的に解することは困難なものというべきである。例えば、契約価格の多寡という競争原理のみに基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性の点を犠牲にする結果になるとしても、地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしてそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとることの方が当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該地方公共団体の利益の増進にもつながると合理的に判断されるような場合も、右の規定にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するものと解するのが相当なものと考えられる。

(2) そこで、本件契約の目的等についてみると、<書証番号略>によれば、本件契約の締結は、臨海副都心開発計画の一環として行われるものであり、右計画の基本構想は、「①臨海部に、東京の都市構造を多心型に転換していくための副都心を建設する。地価高騰や住宅問題などのさまざまな都市問題を解決するため、副都心地域においては、業務機能を計画的に立地させるとともに、良質の都市型住宅を建設し、職と住の近接した個性豊かな副都心を建設する。②世界都市東京の国際化、情報化に対応した拠点づくりを行う。このため、最先端の機能を備えた「東京テレポート」や「東京コンベンションパーク」を整備する。③副都心を世界に誇りうるまちとして整備する。このため、水と緑に囲まれた安全で快適な住みよい都市環境を整備するとともに、さまざまな需要に応えたゆとりとうるおいのある都市型の住宅や文化施設等を配置して、すぐれた生活都市を建設する。」というものであることが認められる。

すなわち、東京都は、東京都における地価高騰や住宅問題等のさまざまな都心問題に対処するため、臨海部副都心開発計画を策定したものであり、右計画は、経済的利益の追求のみを目的とするものではなく、東京都の長期的かつ多角的な政策判断に基づく開発事業計画という性質を有するものであり、本件契約の締結も、右のような政策目的にそって行われものであることが認められる。そうすると、右副都心に進出する企業に都有地を賃貸するための本件契約の締結に当たっても、その契約の相手方の選定は、その賃料の額の多寡という経済的競争原理のみに従って行われるべきものではなく、進出企業が右都有地において行おうとしている事業のアイディアが右のような開発計画に適合するものであるか否かという観点、あるいはその建設を予定している施設がどの程度右のような計画目的に適合しているかという優劣の判断に基づいて行われることが望ましいものであることは、自ずから明らかなものといわなければならない。したがって、本件契約は、その契約の性質及び目的に相応する相手方を選定して契約を締結する随意契約の方法をとることがより妥当であると合理的に判断される場合に当たるものというべきである。

(3) そうすると、本件契約は、施行令一六七条の二第一項二号に定める随意契約の方法によることができる契約類型に該当するものというべきことになるから、本件契約を随意契約の方法によって締結したことが違法であるとする原告らの主張は、理由がないことになる。

(二) 次に原告らは、仮に本件契約が施行令一六七条の二第一項二号に定める随意契約の方法によることができる契約類型に該当するとしても、本件相手方を選考した審査過程が公表されておらず、手続的公正さが保障されていないので、この点で本件契約の締結は違法であると主張する。確かに、前記のような観点からして随意契約の方法によって契約を締結することができる場合においては、その契約の相手方を選定するに当たって、事業主体である東京都の側に、前記のような政策目的からする裁量的判断の余地が認められるべきことは当然のことと考えられるにしても、その判断が恣意にわたり、その裁量権を逸脱、濫用して契約の相手方の選定がなされたものと認められるようなときには、その判断が違法とされる場合もあり得るものと考えられるところである。

(1) ところで、本件契約における本件相手方の選定の過程は、該当箇所に適宜掲記する書証によれば、次のようなものであったことが認められる。

ア 平成二年一月三〇日、東京都は、「臨海副都心開発に伴う都有地の管理及び処分についての基本方針」を策定し、右副都心への進出者を次のような方法に基づいて決定することとした。

① 臨海副都心用地の公平かつ適切な運用を行うため、用地の管理・処分に係る方針、進出者の選定及びこれに準じる重要な事項については、推進会議の議を経て決定する。

② 推進会議の審議に先立ち、用地の管理・処分に係る方針、応募者の資格、事業計画等の内容、各種の減免措置等について調査審議するため、用地管理委員会を設置する。

③ 建物の景観、デザイン及び法令適合性等については、都市づくり委員会の審議を経ることとする。(<書証番号略>)

イ 平成二年五月二五日、東京都は、進出希望者公募の趣旨、応募の条件、応募案の審査、提案競技の条件、応募手続、実施案の策定と土地賃貸借契約等について定めた公募要綱を決定した。右要綱は、審査に関し、要綱により定められた応募提出書類によってこれを行い、審査結果は公表するが、選定されなかった案については、当該企業の不利益を考えてこれを公表しないものとしている。(<書証番号略>)

ウ 東京都は、平成二年七月一六日から同月三一日までの間に、応募登録した企業等から、最近四か年分の貸借対照表、損益計算書、経営指標等の財務関係書類の提出を受け、また、同年八月二〇日から同月三一日までの間に、提案の概要、経営計画、事業収支計画表、建築基本計画書等の応募書類の提出を受けた。なお、その応募件数の総数は七七件であった。(<書証番号略>)

エ 右の応募案について、東京都は、学識経験者及び局長級の東京都職員により構成される都市づくり委員会並びに被告、企画審議室長等の委員から構成される用地管理委員会の審査を受け、推進会議の議を経て、本件相手方を契約先とする当選案を決定した。(<書証番号略>)

(2)  右認定事実によれば、東京都は、いわゆる事業計画提案方式によって本件契約の相手方を選定したものであるが、右の選定は、本件公募要綱により公募の方法をあらかじめ明らかにし、応募者から提出された提案書、財務関係書類等の各種資料に基づき、都市づくり委員会、用地管理委員会及び推進委員会という三段階の委員会等の審査を経て行われたものであって、本件相手方の選考は審査の客観性と適正さが担保されるように配慮された手続に従って行われたものであることが認められ、その間の判断に、恣意にわたり、あるいは、裁量権の逸脱、濫用にわたるような点があったことを認めるに足りる証拠は存在しないものというべきである。

この点について、原告らは、右の審査及びその審査の記録が一切公表されていないから、本件選考が違法であるとも主張している。しかし、そもそも公募公式による審査について、その審査の過程のすべてを公表するのでなければその選考が違法なものとなるものと解すべき根拠はないし、前記認定事実によれば、本件公募においては、応募者からその企業の経営計画等に関する詳細な資料の提供をも受けて審査を行うこととされたことから、選定されなかった案については、当該企業の不利益を考えその内容等を公表しないこととしたものであることが認められ、右の措置はそれなりに合理的な根拠のある措置と考えられるところである。したがって、この点に関する原告らの右主張は採用できない。

(三) そうすると、本件契約の締結方法が違法なものであるとする原告らの主張は、いずれも理由がないことになる。

2  本件契約の事後的変更の適否について

(一) 原告らは、本件公募の時点以降に被告が本件契約について数多くの内容変更を行っており、右変更は、恣意的に公募で当選した事業者のみ著しく有利に扱う不公正なものであって、被告の裁量権を逸脱する違法なものであると主張する。確かに、前記のとおり、随意契約の方法によって契約を締結することができる場合に、契約の相手方の選定やその内容の確定について、事業主体である東京都の側に裁量的判断が認められるとしても、公募によって相手方を選定した後に、公募においてあらかじめ明らかにしていた契約条件等を恣意的に変更し、選定された相手方を著しく有利に取り扱うなどして、公募という手続方式を採用した趣旨を没却するような結果を招来することがあれば、その変更が裁量権を逸脱、濫用するものとして違法とされる場合もあるものというべきである。

(二) そこで、まず、本件公募において提示された本件契約の内容についてみると、<書証番号略>によれば、その内容は次のようなものであることが認められる。

(1) 本件土地の賃貸借期間は三〇年とする。賃貸借期間満了時に、事業者の建物が存在し、賃借人が引き続き自己使用する等の事情があり、土地の利用計画等が臨海副都心の開発・整備方針に合致している場合には、三〇年を限度に期間の更新をすることができる。

(2) 本件土地の権利金、賃借料の設定等は、算定基礎価格をもとに決定する。

初年度の右算定基礎価格の算出に当たっては、都内の既成市街地の土地価格と価格構成要因との関係を分析し、現在臨海副都心で計画されている条件から土地価格を求め、次に、臨海副都心が二五年間をかけて都市として熟成するものと想定した上で、先に求めた土地価格を都市の熟成率(年六パーセント)で割り戻した価格を求め、これを初年度価格とする。

二年度以降の算定基礎価格の決定に当たっては、前年度の算定基礎価格に都市が成熟する率(六パーセント)を乗じ、さらに、前年度国民総支出デフレータの上昇率による調整を行った額を当該年度の算定基礎価格とする。今後の地価の動向等から、右方式で求めた算定基礎価格が、当該土地の基準価格として適切を欠くに至った場合には、再評価を行う。

なお、初年度の賃借料は、右の初年度算定基礎価格から借地権割合(五割)を除いた価格の六パーセントとし、賃借料は三年に一度改定するものとし、改定賃借料は改定年度の算定基礎価格から借地権割合を除いた価格の六パーセントとする。

また、権利金は、初年度算定基礎価格の五〇パーセントとする。

(3) 本件土地の使用等については、臨海副都心開発計画の基本的な考え方に基づき、①賃貸借の対象となる土地は、実施案に指定された用途を変更することができず、②土地賃借権の譲渡・転貸、借地上の建築物の譲渡は認めず、③土地賃借権への担保権の設定を認めず、借地上の建築物に担保権を設定する場合には、その限度額は建築物価格の範囲内とする等の制限を課する。

(4) 本件契約価格は、前記算出方法に基づき、一平方メートル当たり約二〇〇万円から三〇〇万円程度の算定基礎価格を基礎として算定された。(この事実については当事者間に争いがない。)

(なお、以下、右の土地利用方式を総称して「新土地利用方式」という。)

(三) 次に、本件契約の変更の内容、経緯等は、該当箇所に適宜掲記する書証によれば、次のようなものであったことが認められる。

(1) 本件契約の相手方を決定した後、平成三年三月七日の東京都議会において、臨海副都心開発計画関係費の予算執行を凍結する旨の付帯決議がされた。東京都は、右の予算執行凍結という状況を打開するため、再検討委員会を設置し、右計画の再検討を始めた。(この事実については当事者間に争いがない。)

都議会においては、臨海副都心開発計画が東京一極集中を助長する、右計画において公的住宅供給が不足であるなどの指摘がなされていた。(<書証番号略>)

(2) 再検討委員会は、平成三年一一月二七日、最終報告をしたが、住宅供給及び開発スケジュールについての方針は、次のようなものであった。

ア 住宅供給の方針

将来の生活水準の向上を想定した質の高い住宅を供給すること等の基本的な考え方を踏まえつつ、次の視点を配慮する。

① すべての人々が安全で快適な生活ができるよう「福祉のまちづくり整備指針」に基づいた住宅地の形成を図るとともに、高齢者向け住宅や障害者に配慮した住宅を積極的に取り入れていく。

② 超高層から中・低層までの建築物を幅広く導入するなど変化をつけて魅力的な空間を形成するとともに、幹線道路沿いなどでは適度なにぎわいのある表情豊かな街並みを形成していく。

③ 中堅所得者層を中心に多様な人々が居住できるような住宅の供給や家賃への配慮等、都民の住宅需要に適切かつ効果的に応えていく。

イ 住宅の戸数等

① 開発区域内の当初計画の住宅目標戸数二万戸を二万一千戸程度とする。

② 臨海副都心の都有地における住宅供給については、地元区等との調整を図りながら、可能な限り公共住宅としていく。民間住宅供給が街づくりの上で必要と認められる場合や適切な家賃水準が設定できる場合等には、民間住宅供給の可能性を検討していく。

③ 公共住宅建設主体(東京都、住宅都市整備公団等の公共部門及び民間)の比率(いわゆる住建三者比率)については、中堅所得者層を対象とする都民住宅の供給を増やすことを基本とする。

ウ 開発スケジュール

① 当初計画で平成五年までとされていた始動期開発期間を、平成七年までに変更する。

② 始動期の終了後の開発段階の目標年度を次のとおりとする。

創成期 平成八年度から同一二年度

(当初計画 平成六年度から同九年度)

発展期 平成一三年度から同一五年度

(当初計画 平成一〇年度から同一二年度)

成熟期 平成一六年度から

(当初計画 平成一三年度から)

(<書証番号略>)

(3) 平成三年七月一一日の都議会において、臨海副都心開発事業会計の補正予算が成立し、東京都は、先に凍結していた臨海副都心開発関係経費の予算執行の凍結を解除した。被告は、都議会における論議、再検討委員会の報告等を踏まえ本件契約の締結のための調整を行ったが、慎重な検討を要するため、平成三年度末までの本件契約の締結を断念した。(この事実については当事者間に争いがない。)

(4) その後、被告は、平成四年二月二〇日、再検討委員会の最終報告に従って次のような新方針を決定し、本件相手方に対し同年三月三一日までにこれに従った基本協定を締結するように申し入れ、同年三月三一日に本件相手方との間で基本協定を取り交わした。

ア 契約締結時期

平成四年度中の土地引渡時とする。ただし、台場H区画及び青梅A区画については、平成六年度以降平成九年度までの間に予定される土地引渡時とする。

イ 算定基礎価格

① 算定基礎価格は、平成四年一月一日の地価公示価格をもとに経済情勢の変化を踏まえ再算定する。

② 権利金は契約時に一括して支払う。

③ 賃貸料は契約時から支払うこととする。賃貸料の初回の改定時期は平成八年三月とする。

④ 熟成期間の起算点を平成四年度とし、熟成期間は平成二九年度までとする。

⑤ 右のほかは、すでに示した新土地利用方式による。

ウ 跡地利用計画等

右については、東京都と当選事業者が協議し、本件契約締結と同時に協定書を取り交わす。

(<書証番号略>)

(5) 被告は、前記の新方針に従い、平成四年六月一二日、算定基礎価格を再算定した。

ア 再算定の方法

① まず、既成市街地の公示価格と土地価格形成要因との関係を分析し、臨海副都心における基準標準画地の完熟状態の土地価格を求めた。次に、臨海副都心が現在未成熟であることから二五年かけて都市として熟成するものと想定し、先に求めた完熟状態の土地価格を都市の熟成率(年六パーセント)で割り戻して現在の土地価格を求めた。

② 区画ごとの価格は、この基準標準画地の価格に、各区画の容積率、用途、都心への接近性、最寄り駅への距離及び各区画の接面街路の条件、地形、地盤条件等の要因を考慮して求めた。

イ 前回の算定からの変更点

① 算定の基礎資料とした公示価格を、平成四年一月一日のものとした。この結果、基準標準画地(容積率六〇〇パーセント、業務用地)の価格が11.5パーセント減となった。

② 経済情勢が大きく変化したことにより、一般の土地評価に対する認識が資産価値から利用価値へと変化し、土地利用に伴う収益がより重視されるようになっている傾向を踏まえて、区画ごとの算定に当たっては、次の点を考慮した。

a 容積率の大小が及ぼす影響がより大となることから、それを反映させるため、各区画の容積率格差率を二分の一から三分の二に拡大した。

b ホテル、商業、業務用地について用途別の収益価格を求めたところ、ホテル用地及び商業用地の収益価格と業務用地の収益価格との間に相当の差があることが判明した。そこで、この格差の存在及び再開発地区計画等によって公法上の用途規制がかけられることなどを考慮し、業務用地に対するホテル用地及び商業用地の用途間格差をマイナス一二パーセントとした。

ウ 再算定結果の概要

各区画の再算定価格 別紙4契約価格目録記載のとおり

権利金総額 三五六二億円(前回 四二九〇億円)

権利金減収総額 七二八億円

権利金減収率 17.8パーセント

右減収率の最小区画 11.4パーセント テレポートセンター

右減収率の最大区画 30.6パーセント 台場D

(<書証番号略>)

(6) 被告は、民間住宅の建築計画のある有明南G地区について、進出予定企業グループである東京商工会議所グループ(以下「東商グループ」という。)との間で、住宅の建築計画の内容、住宅家賃額の設定等について調整してきたが、協議が整わなかった。そこで、被告は、その事業計画を一部変更することとし、平成四年九月二一日、東商グループに対し、住宅に相当する敷地を除いた土地について住宅を除外して実施案を策定することを指示し、東商グループもこれを受け入れた。(<書証番号略>)

(四) 右認定事実によれば、東京都は、臨海副都心開発計画という大型プロジェクトを推進してきたが、本件契約の締結を前にして、臨海副都心開発計画関係費の予算凍結という不測の重大事態に直面したことから、右事態を打開し、さらには、予算凍結によって生じた計画の遅れによる影響に対処するため、右計画の方針の修正を余儀なくされ、再検討委員会を設置して、議会における指摘、その後の社会経済情勢の変化に対応した方針の修正を検討することとした。被告は、右再検討委員会の最終報告において示された修正方針に従い、また、この当時に起こったいわゆるバブル崩壊といわれる大幅な土地価格の下落、企業収益の急激な悪化等をはじめとする急激な社会経済情勢の変動(公知の事実。なお、<書証番号略>)を考慮して、算定基礎価格の計算の基礎とする地価公示価格の基準年度を変更し、基礎算定価格の算出に当たり区画ごとの用途、容積率等の個別的要因を採り入れ、一部区画についての住宅建築計画の内容を見直すなどの本件契約内容に関する方針の修正をしたものである。

確かに、随意契約の方法によって契約を締結するに当たり相手方の選定等について公募という方法を採用した場合に、相手方を選定した後、公募の際にあらかじめ明らかにした契約条件等を変更することは異例な面があるというべきではあるが、右の変更に至った事情、変更の手順ないし手続等に照らすと、右の変更は、その内容についてはひとまずおくとして、その目的及び手続については、本件公募当時には予測し難い右契約遂行上の障害、社会経済上の変動に対処するため、再検討委員会という機関において検討された修正方針に準拠して行われたものであるから、被告が恣意的に選定された本件相手方を著しく有利に取り扱い、本件公募の趣旨を没却するものであるとまでいうことはできないというべきである。

(五) そこで、次に、右の契約内容の変更の適否について検討する。

(1) 原告らは、被告が本件土地の容積率を全体的に緩和しており、右変更は、延べ床面積当たりの土地価格に大きな影響を与え、権利金や賃料の実質的な引下げに当たるものというべきであるから、合理性のない不当な行為であるし主張し、<書証番号略>(雑誌「日経ビジネス」掲載の「痛恨の臨海計画予算凍結・地代引き下げで資金不足」と題する記事)の記載等からも被告が右容積率の算定基準を全体的に見直し、実質的に緩和したことが明らかであると主張する。

しかし、右記事は、東京都副知事に対するインタビューに基づいて作成されたものと推認され、必ずしもその内容の正確性が担保されたものとは認め難いものである上、その記事の内容自体も容積率が全面的に緩和されることが決定されたものと一義的に読み取れるものではない。かえって、<書証番号略>(平成四年三月三一日開催の都議会予算特別委員会議事録)によれば、容積率や容積率に影響を与える延べ床面積と付置駐車場との関係について、被告は、今後各事業者が建築計画の実施案を策定していく段階で、個別に東京都と協議調整していく旨答弁していることが認められ、容積率の調整は、東京都と本件相手方との間で事業計画の個別事情を勘案しながら個別調整していくものであり、一律に容積率を緩和する方針は採られていないことがうかがわれ、他に権利金や賃料を実質的に引き下げ、公募の趣旨に変更を生じさせるような容積率の一律的な緩和を行う方針が決定されたと認めるに足りる証拠はない。また、前掲<書証番号略>によれば、本件公募要綱には、実施案の策定に関し、選定された応募案については、審査において付せられた意見との調整、隣接地域の事業との調整、工事進捗に係る調整等のため、必要に応じて東京都の指示に従って修正を加え、実施案を策定すると定められており、本件公募段階において、すでに当選した応募案も実施案策定段階で必要な修正を加えられることがあり得ることを予定していたものであるから、付置駐車場の取扱いに関する右の変更は、被告が本件公募要綱の規定に基づきその裁量権の範囲内の行為として行い得る変更であると解するのが相当である。

(2) 原告らは、本件契約価格の変更について、被告が契約価格の算定の基礎にした算定基礎価格は、実勢価格とは別の観点から二五年後の適正価格を想定して算出したものであるから、短期的な地価の変動は当然織り込んであるはずであるのにもかかかわらず、被告は、最近の土地価格の下落、施設別の収益性等を考慮して算定基礎価格を再算定し、これに基づき本件契約価格を大幅に引き下げたもので、今後の東京都の財政に大きな悪影響を及ぼす不合理かつ違法な変更であるといわざるを得ないと主張する。

確かに、前記認定のとおり、初年度の算定基礎価格は、都内の既成市街地の土地価格と価格構成要因との関係を分析し、現在臨海副都心で計画されている条件から土地価格を求め、次に、臨海副都心が二五年をかけて都市として熟成するものと想定した上で、前記の土地価格を都市の熟成率で割り戻した価格とされたものであるから、右の算出方法からすれば、従来の都内の既成市街地の価格変動の経過等を踏まえ、通常の土地価格の動向の変化をも予想し、これを織り込んで算出したものと解され、ある程度の価格変動は算式の中に吸収されるべきものということができよう。しかし、土地価格の変動は、複雑な経済的、社会的要因等によって影響を受け、これを的確に予測することが極めて難しいものであることも経験則上明らかであるところ、東京都としても、予測し難い土地価格の変動のあり得べきことを考慮して、前記認定のとおり、本件公募において、今後の地価の動向等から、二年度以降の算出基礎価格について、基準価格として適切を欠くに至った場合には、再評価を行うことを明らかにしていたところである。

平成三年三月に都議会で予算の執行凍結の付帯決議がなされたことを契機にして、本件契約の締結が約二年間も遅滞していたが、この間の社会経済情勢に予想し難い極めて大きくかつ急激な変動があり、その変動の中で都内の土地価格が下落したことは公知の事実である。そうすると、被告がこの間の経済的、社会的な情勢の変化を考慮して、これらの要因を本件公募時に想定した算定式では吸収し得ないものと判断し、算定基礎価格の基礎とする地価公示価格を平成四年一月一日のものとして再算定し、結果として土地価格を引き下げることになったとしても、これが特定の事業者に利益を付与し、公募の趣旨を没却する不合理な契約条件の変更であり、被告の裁量権を逸脱するものであって許されないとまではいえないものというべきである。

ところで、前記認定のとおり、被告は、平成二年に算定基礎価格を算定する際には、対象地の用途によって特段の価格の差異を設けなかったが、その後ホテル用地と商業用地との収益価格と業務用地の収益価格との間に相当の差があることが判明したため、その収益性を考慮して土地の評価方法を採用することとし、業務用地に対するホテル用地及び商業用地の収益価格にマイナス一二パーセントの用途間格差を設けた。土地の収益性に着目して土地価格の評価をする手法は、有効な不動産評価の方法として一般に承認されているものであり、被告が行った右の程度の用途間格差を設定すること自体はそれなりの合理性を認めることができるものと解されるが、用途による収益性の格差自体は、本件公募以降の社会経済情勢の変化いかんにかかわらず存在したものであると考えられる。そうすると、被告が本件公募の際には採用していなかった用途間格差の方式を事後的に採用することは、土地の収益性が本件土地への進出を希望する企業にとって大きな経済的な要因であることからすると、公募の公平性を害するのではないかという疑問がないではない。

しかし、①東京都は、平成二年度以降の社会経済情勢の変化が大きく変化したことにより、一般の土地評価に対する認識が資産価値から利用価値に変化したという状況認識のもとに、容積率格差率の拡大化と平行して、収益性の差異を基礎とした用途間格差を設けたこと、②前記認定のとおり、本件土地において、相手方は実施案に指定された用途を変更することができず、土地賃借権の譲渡・転貸をすることができないなどという土地利用上の制約を課されていることからすると、土地価格に用途別の格差を設けることがむしろ合理的であると思われること、③本件契約の締結の遅延が東京都側の都合により生じたものであり、この遅延の間の社会経済情勢の変化により、本件土地に進出する予定の本件相手方も土地評価に対する認識を変更せざるを得ない状況が生じたと推認されること等の事情からすると、算定基礎価格の算定において、被告がその算出の方式のひとつとして新たに用途間格差を採用したことは、被告の裁量権を逸脱するものであるとまではいえないものというべきである。

(3) 原告らは、台場C地区のバッテリータウン二十一株式会社等については、本件公募の直後からこの時点までの間に、特段の社会情勢や経済情勢の変化がないのにもかかわらず、企業グループがグループ構成、出資比率に関する大きな変更を行っており、右の変更は、実質的に当事者の変更に当たり、公募自体を骨抜きにする違法なものであると主張する。

進出企業グループは、公募によって選定されたものであるから、本件公募時の企業グループの構成やその出資比率を変更しないことが望ましく、その後の社会経済情勢等の変化によりその変更の必要が生じた場合にはその変更を許容することができるが、グループの基本的構成の同一性が維持され、その変更の内容が相当であることが必要であると考えられ、一般的にいえば、原告らが主張するように、実質的に当事者が交替し、公募という手続をとった意味を失わせてしまうような変更は許されないものというべきである。

しかし、本件全証拠をもってしても、本件公募後、右公募の趣旨を没却するような本件当事者の実質的交替がなされたという事実を認めることはできない。原告らは<書証番号略>(雑誌「週刊東洋経済」の「臨海副都心 立ち往生の危機」と題する記事)を提出し、右書証には原告の右主張にそう部分もあるが、右記事は単なる伝聞に基づく観測を内容とするものにすぎないから、これをもって原告らの主張事実を認めることは到底できない。また、原告らは、<書証番号略>(いずれも株式会社設立申請書)によると、進出企業グループが設立した新会社の出資比率が、本件公募時の右進出企業グループの構成ないし出資比率と異なるところから、これをもって当事者の変更があったと主張するが、<書証番号略>(第一回テレポートタウン質疑応答書)によれば、本件公募時において、提案の同一性が損なわれない限り、進出企業グループはその構成企業の一部のみで新会社を成立することが許されることが明らかにされていることが認められるから、原告らの右主張が理由がないものであることが明らかである。

(4) 原告らは、本件公募時には本件土地について担保権の設定を認めていなかったのに、事後的に補償請求権に対する担保の設定を可能にしたのは、経済的、金融的なメリットを当選企業にのみ付与するものであり違法であると主張する。

確かに、前記認定のとおり、本件公募時には、本件土地賃借権への担保権の設定を認めず、借地上の建築物への担保権の設定を認めるものの、その限度額は建築物価格の範囲内とすることが明らかにされていたが、補償請求権を目的とする質権設定を禁止することが明示されていたものではない。しかし、法律上は右補償請求権に質権を設定することが許容されているものであるから、本件公募以降に、右の点を明らかにしたとしても、本件公募において示した条件を変更したものとはいえないことは明らかであり、この点に関する原告らの主張は失当である。

(5) 右のとおり、本件契約の内容についてなされた方針の変更は、本件公募時には予想し難かった臨海副都心開発計画の遂行上の障害、社会経済上の急激な変動等に対処するため、本件公募において提示された新土地利用方式の基本方針を堅持しつつ、都議会における論議、再検討委員会の最終報告を踏まえ、諸条件を調整しつつその方針の一部修正をしたものというべきであるから、右の変更が、被告の裁量権を逸脱し、公募において明らかにされた契約条件を恣意的に変更し、選定された本件相手方を著しく有利に扱い、本件公募の趣旨を没却する結果を招来する違法なものであるとまではいえないものというべきである。

(六) そうすると、本件契約の事後的変更が違法であるとする原告らの主張は、理由がないこととなる。

3  本件契約内容の適否について

原告らは、本件契約価格が通常の借地価格より著しく安い価格となっているから、この点で本件契約の内容は違法なものであると主張する。

(一) <書証番号略>によれば、本件契約価格を決定する基本方針が定められるに至った経緯は、次のようなものであることが認められる。

東京都は、臨海副都心開発事業に係る用地の管理及び処分に関し、開発規則を制定したが、その基本的な考え方は、臨海副都心の秩序ある開発を担保するとともに、土地の賃貸借関係においても臨海副都心の特殊性に着目して既成市街地とは異なった新しい形態の土地賃貸借関係を創造するものとし、また、開発に伴ういたずらな地価高騰という事態を引き起こさないようにするため、土地賃借人の選定は、権利金、土地賃借料の高低を基準とするのではなく、事業計画提案方式を通じて事業者が示した事業内容に基づいて行うこととされた。また、土地の契約予定価格の決定に当たっては、東京都財産価格審議会の議を経ることとされた。

(二) 前記認定事実によれば、本件契約価格は、本件公募後に修正された別紙4契約価格目録記載のとおりのものとされたが、本件土地の利用については臨海副都心開発計画の基本構想を実現するための通常の土地賃貸借の場合とは異なる種々の制約が課された新土地利用方式が採用されており、本件契約価格は、このような土地利用方式をとることを前提としている。そして、右価格は、本件土地が二五年の期間をかけて都市として熟成していくものと想定して算出された算定基礎価格に基づいて算定され、更に今後定期的に改定されていくことが予定されているものであり、また東京都財産価格審議会の議を経て決定されたものである。そうすると、本件契約価格は、合理的な根拠に基づいて定められた適正なものと考えられ、これが適正を欠く価格であることを認めるに足りる証拠はないものというべきである。

また、そもそも本件契約の締結は、東京都が前記のような長期的かつ多角的な政策目標を達成するために行っている臨海副都心開発計画の一環として行われるものであり、単に経済的利益の追求のみを目的として行われるものではないことからすれば、仮に本件契約価格が通常の取引価格に比べて低いものと認められる場合であっても、その点のみを捉えて本件契約の締結を違法とする原告らの主張自体、当を得ないものというべきである。

(三) そうすると、本件契約価格の定めが違法であるとする原告らの主張も、理由がないこととなる。

4  臨海副都心開発計画の問題性について

原告らは、右計画は、東京一極集中を助長し、大気汚染を悪化させ、ヒートアイランド現象を発生させる等の問題点があり、都民ひいては国民生活に悪影響を与える実質的な違法性があるものであると主張する。

財務会計上の行為の前提をなす行政庁の行為に違法があった場合に、右の違法が直ちに財務会計上の行為の違法を招来するかについては問題のあるところであるが、右原告らの主張は、本件契約の締結という財務会計上の行為の原因となる右計画に主張のような違法性があるというものであり、要するに、右計画の実施という東京都の政策決定がもたらすと予想される結果を抽象的に論難するものにすぎず、東京都側において右計画の立案から決定にいたるまでに行われた一連の関連行為のうち、いかなる具体的行為に違法性があり、それが本件契約の締結行為といかなる関連を有するかについて何ら主張するものではないから、主張自体失当といわざるを得ない。

5  結語

そうすると、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないこととなるので、これを棄却のすることとする。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官小池裕 裁判官近田正晴)

別紙1 物件目録<省略>

別紙2 契約相手方目録<省略>

別紙3 契約価格目録<省略>

別紙4 同<省略>

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